ボランティアの山内です。以前、娘と私の玉突きボランティア(私が子守をしている間に娘がセンターで仕事をする)について書きました。その後、その“玉”役の娘が体調を悪くしたため、私はしばらく“玉突き”ならぬ“玉受け”をしていました。
その“玉”子サンが言ったこと「障がいを持った友達がいて、それなりに知識もあって障がいというものを十分に理解しているつもりだったけど、今までできたことができなかったり、心や体が思うようになってくれなかったりすると、やっぱり違うわ。当事者ってそういうもんなんだね。」
それで、私も思い出すことがありました。私は高校2年の夏休みに器械体操の練習中、骨折をして全治3ヶ月の怪我をしました。運が悪いことに1週間後に修学旅行です。我々の学年では初めての試みとして、計画を立てるところから全て自分たちでやりました。私も修学旅行委員として、歌集やしおりの作成をはじめ、すごくがんばっていました。それが、最後の委員会の時に大嫌いな物理の先生に「信州の山登りを選んだ君たちであるし、まあ、迷惑をかけるような場合はよく考えること」と、ギブスをしている私の方を見て言われてしまったのです。その頃、私は親子関係も険悪だったし、誰にも相談できず、一人で不参加を決めました。
修学旅行が終わり、親しい友達はお土産を各自で買って持って来てくれました。みんな優しいし助けてもくれました。でもそのとき私が感じたのは、「私も人のことを気遣うことのできる人間であったけど、それはふと気がついたときにするもので、見張っていてするものではなかったんだ」ということでした。つまり、こちら側から見るのと向こう側から見るのとは違うんですね。まあ言ったら、アナログの時計とデジタルの時計の違いみたいな。その人にとって体の不具合は、今とかさっきとかいうものではなく、空気を吸うようにいつも共にあるものなんですね。一方、やってあげる側では、(それは当然なんだけど)、「あそこは手伝ってあげなくちゃ」という感じなんでしょう。何かそれまでの自分のあり方、自分は十分優しいと思っていたことにさえ苦しさを感じた16歳の夏でした。
今改めてそのことに思い及んでみて、今思うのは、「アナログもデジタルも同じ“時”を刻んでいるのだ!」ということです。同じ時を共有することの素晴らしさのほうに、あの頃は目が行ってなかっただけ。支援センターの当事者スタッフと、一緒に働くボランティアさんたちに出会って、心からそう思うことができることを感謝します。
木村です。暑中お見舞い申し上げます。
7月11日付の山内さんの日記に書いてあった「心や体が思うようになってくれなかったりすると、やっぱり違うわ」を拝見して思い出したことがあります。それは、私自身が一昨年の冬に入院し、点滴のみの絶食で数日を過ごした時のことです。
その時に寝ていた特殊寝台の上には、いわゆる体圧分散型のマットレスがひいてありました。そのマットレスは、私が福祉用具専門相談員をしていたときに、展示場などで何度か寝そべってみた時、「いくら、じょくそう予防とはいえ、こんなに柔らかくて身体が沈んでしまっては寝心地が悪いのでは・・・?」と思った製品でした。
入院時は体力が弱っていてベッド上での安静生活を余儀なくされていた訳ですが、その柔らかさがちょうど心地よく感じられたのです。この時「いくら展示場などで自ら試用しても、健康状態によって体感は違うんだ!」ということを実感し、改めて山内さんの“玉”子サンの一言に深みを感じた次第です。
余談ですが、体圧分散型のマットレスのカタログを見ると、高齢者や障害者等がその上に寝る際にどれだけ体重が分散されているか、じょくそう予防の効果があるかの目安として、体圧分散データといったものがあります。でもその被験者は、30歳代の健康な社員だったりします。対象者の心身状態が全く異なるデータって意味があるんでしょうか?と疑問を抱いております。
ボランティアの山内です。先日センターにあった古い情報誌を読む機会があり、色々なことを学ばせてもらっています。
1998年2月1日発行のNo29で北村英司さんという方が『交通アクセスについて思う』というテーマで「駅にエレベーターを」という集会に参加した折のことを書いておられます。
・・・引用・・・
駅で切符を買うところで、若いお母さんと女の子が話しているのを聞いた。
「これ(→多分、車イス)、どうやって電車に乗るの?」お母さんが「大人になれば分かるの」それを聞いた僕は「お前は大人だろ」と言いたかったけど笑ってしまった。
・・・引用終わり・・・
そういうことを子どもの時から少しずつ教えていくことが必要なのではないでしょうか。十分な経験がない若いお母さんとしては、模範解答は何?と聞きたくなる場面かもしれませんね。当事者と接したことがないと、あわててしまってどう答えていいか困るんでしょうね。
私にもそんな経験がありました。長女が小学3年生のとき初めてフレンドシップキャンプに参加しました。YMCAが主催している障がいをもった子供と障がいのない子供との交流キャンプです。出発と到着には、私は5歳下の息子を連れて行きました。息子は3歳半だったかな。脳性まひをはじめとした色々なタイプの障がいを持った子供に初めて会って、びっくりして、そのとき息子は私の後ろに隠れました。私は息子に何か話すべきかどうか一瞬考えました。でもどんな言葉でどのように話しても、私の中にあるものを押し付けたりしているみたいだし、第一私が一体なにをわかっているのかなとも思いましたし。結局、彼は自分で学んでいけると思い、特に何も言いませんでした。その時は質問されたわけではありませんでしたから。
でも次の年、1年分成長した息子は何の抵抗もなくお姉ちゃんと一緒に、お姉ちゃんの友達と楽しそうに接していました。キャンプに行って帰ってくるお姉ちゃんは楽しそうで、友達も楽しそうで、それを見ただけで言葉は要らなかったのです。
私が先ほどの母子の立場だったらどうするかしら。もし相手の人に余裕がありそうだったら、「お兄さんに聞いてみたら」というかな。その時その時にあった自然な流れがあるでしょうが、小さい人が感じたことをきちんと受け止めて、その思いが伝わるように考えてあげられるような、愛ある私でいたいと思います。
西村です。センターでは、先日ミニ交流会を開きました。
詳しくは ミニ交流会
さて、夏休みの遊びに役立つかな?と思って…
ディズニーシーに行ったときのこと。いつも園内の全体の様子が分からなくて消化不良に陥るので、事前に情報を集めるために、初めてディズニーシーのホームページを見ました。バリアフリーの項目があって、障害別に案内が書かれています。視覚障害のところには、インフォメーションCDと触地図ガイドブックがあることが書かれていました。電話で郵送をお願いすると、すぐに届きました。CDには、最初に園内全体の様子が、次に各エリアの紹介が収録されていて、何度か行ったことのあるディズニーランドでさえ、こんなところがあったんだ!と発見がいっぱい。また触地図ガイドブックには、全体図と各エリアの詳細図があり、お店の1件1件やアトラクションの乗り場など細かいところまで分かります。CDを聞きながら地図に触ると、よりリアルに想像できて、行く前から楽しい気持ちになります。
ディズニーシーでは、現地で音声ガイドの受信機の貸し出しもあり、各エリアの特徴やお店の紹介を知ることができます。これは、拠点ごとに飛ばされているFM電波を拾って聞くタイプなので、操作も簡単。受信機のイヤホンを耳にかけて園内を歩いただけで自動的にガイドが入ってきます。ただ、電波の拾い方によって、実際の位置と音声案内が微妙にずれることも。「こんなものを売ってるお店があるんだ」「このエリアはこんな風景なんだ」と、いろんな情報を知ることができました。今いる場所から一番近いお手洗いの場所も教えてくれるので、それが意外に便利。ディズニーランド、シーに行く機会があれば、ぜひ試してみてください。
もう一つ。東京都在住の障害者に耳より情報。「障害者休養ホーム事業」というのがあり、日本各地の指定された宿泊施設(ホテルやペンション、一般の保養所など)に宿泊するときに助成が出ます。障害者は約6000円、介助者は約3000円の助成で、年度内に1人2泊まで使えます。自治体の福祉担当窓口に施設一覧などが載ったパンフレットがあります。宿の予約は各宿泊施設で、同時に日本チャリティ協会への連絡が必要です。もっと早く知ればよかった〜と、今後の活用を考えている今日この頃です。
みなさん、暑さをふきとばすぐらい、ステキな夏休みを!
ボランティアの山内です。みなさん暑い夏を無事すごされたでしょうか。
さて、前回に続き、子供たちのまっすぐな心に出会ったときのことをお伝えします。昨年の夏のことです。私と娘の共通の友人で視覚に障がいのある人が私の孫に会ってみたいと言われたので、一緒に娘の家に行きました。
そのとき孫は2歳半で、障がいをもった人にはまだ接していなかったと思います。白杖を持っていた彼女のことを、初めはチャンバラを一緒にしてくれるお姉さんだと思ったみたいです。愛用のプラスチックの刀を持って来て、「チャッキーン」と言って切りかかりました。それで母親が、「これはお姉さんのお大事なの。お姉さんはお目目がよくみえないから、このお大事はお目目の代わりをしてくれているんだよ」とお話しました。それからお姉さんが「お姉さんはこうやって歩くんだよ。一緒に歩いてみようか」と言って、片手に白杖、片手に子供の手をとって家の中をぐるっと一緒に歩きました。すごく興味津々といった感じでお姉さんと白杖を見ながら歩いた後は、納得したと言うふうに特別な態度も質問もしませんでした。
一緒にサンドイッチを食べ、一緒に遊びながら、大人は交代でしゃべっているうち、夕方になり「お姉さんもう帰らなきゃ」と言ったとき、孫はつっと立って、一寸離れた所に短くたたんで置いてあった白杖のところへ行きました。そして白杖を持ってくると「これ、お姉さんのお大事ね!」と言って、得意満面の表情で嬉しそうに渡しました。お姉さんは上着を受け取るように当たり前に、「ありがとうね」と言って白杖を受け取り、さっきのように子供と手をつないでドアまで行き、バイバイをして別れました。
2歳半になった孫の頭には、白杖という普段はあまり見かけないものが当たり前のものとしてインプットされたのですね。いつか、周りのお友達が白杖とか視覚障がい者とかに“?”という顔をしたときには、教えられたことをちゃんと伝えてくれると思います。小さい子供にとっては人それぞれが違うことが当たり前で、何でも新しく知ったことは柔らかい頭にインプットされていくんですね。
その日はものすごく暑い日で、37度くらいの最高気温だったことを記憶していますが、実にさわやかな午後を過ごすことができました。