ボランティアの山内です。ここ何回か子供たちのまっすぐな心に出会ったときのことを書いてきました。
9月1日の朝日新聞朝刊の“ひととき”に、私が感じたのと同じような経験をされたことを、79歳の女性の方が投稿しておられたので紹介します。
その方は手術の後遺症で目が白濁していて、歩くときに杖を使っていらっしゃいます。スーパーのベンチで腰掛けていると小さな男の子に見つめられ、その子に片言で「メンメ、ドッタノ」と聞かれたそうです。その方は「メンメ、イタイ、イタイノ」と答えました。今度は同じ位の年の別の女の子が、立てかけてあった杖を「アイッ」と言って持たせてくれました。使わないので立ててあったので元の所に返してもまた「アイッ」と何度も運んでくれました。そして、この方に大人も優しかった。その日の銭湯でのことだそうです。その方が娘さんを待ってたたずんでいると「私のどこでもいいからつかまって」と言ってくれた人がいた、という内容でした。銭湯の優しい声の女性は、「お待たせ」と言ってその人の娘さんが戻られると、何もなかったように湯気の中に消えたと書いてありました。
その文章には“病であっても幸せもの”というタイトルがついていました。読んでいる私も幸せな気分になってきました。子供たちもステキだけど、大人もすてき。
杖運びの女の子の若いお母さんは、「おばちゃんはそこへ置いたんだからいいのよ」と軽くたしなめているそうです。母子の会話があるんですね。子供に話して聞かせているお母さんの姿、お母さんの話を聞いている女の子の様子を想像するのも楽しい。お母さんはかがんで子供の目を見て話しているのかも知れないな。それとも子供の手をとって話しているのかな。
たくさんの人達の優しさに出会って、不自由であることよりも今ここで幸せを感じたことのほうがこの方にとっては大きかったのですね。子供たちが持っている優しさや健全さが損なわれることのないように、そして大人になった私たちも子供たちのような自然な優しさを持ち続けることが出来るように、日々愛をもって暮らしたいものだと思いました。
こんにちは。スタッフの西村です。
朝夕が涼しく、だいぶ秋めいてきましたね。センターでは情報誌『障害をもつ人々の現在』61号の発行に向けてあわただしい日々を過ごしていました。印刷がはじまり、少し一段落したところです。来週には、会員のみなさまにお届けできると思います。
さて、先日、外出したときのこと。トイレに並んでいると、手洗いのところにいた人が「一番奥があきましたよ」と教えてくれました。そして「ここは様式だね」とさりげない会話の中での説明。さらに私が出て洗面台のところに行くと、外から戻ってきて「蛇口に手をかざすと水が出るよ」と一声かけて出ていきました。自然な声のかけ方と、さらっとした対応がすごくうれしくて、その日は何だか気持ちよく過ごせたのを覚えています。
見えないとトイレでは困ることがたくさんあります。トイレ自体の場所が分からなかったり、男性用と女性用の区別がつかなかったり。個室の中では、カギの閉め方や荷物をかける場所、便座の方向や水洗の方法が分からなくて戸惑います。洗面台では、蛇口の場所や水の出し方が分からない。最近のおしゃれなトイレでは、壁全面が鏡だったり、化粧室が別にあったりで、出口の方向まで分からなくなります。こんなときに、周りの人がさりげなく教えてくれると、すごく助かります。
日々あわただしい生活をしている中で、周りの人にちょっとでも気配りすること、少し待つこと。自分の生活を振り返ってみても、周りを見る“心のゆとり”を持ち続けたいなぁと思いました。
ボランティアの山内です。前回(9月11日)の投稿に続けたいと思います。
私事ですが今まで多くのボランティアを経験し、また多くの方がボランティアをされるのを見てきて、いろいろなことを思います。そういうことが11日に紹介した新聞記事にまとめて書かれているような感慨を持ちました。
幼い子どもと、そのお母さんと、銭湯で出会ったご婦人。その3人をボランティアを始めたばかりの人、先輩ボランティア(あるいはボランティアコーディネーター)、十分経験を積んだ成熟したボランティアの3人にたとえてみてはどうでしょうか。それぞれの年齢をその人のボランティア歴と考えてみるのです。
幼い子どもたちはおばさんが困っているように感じたとき、自分で思いついた"いいこと"を何の迷いもなく、まっすぐな心で行動に移しました。"ボランティアを始める時"ってそんな感じではありませんでしたか?とにかく一生懸命で、何とか誰かを助けたくて。でも、実はそのときは相手のことが案外見えていなくて、結果的にありがた迷惑だった・・・なんて経験をしている人もあるかと思います。
たとえば、杖運びの女の子が自分だったとしてみてください。誰かが「今は杖を使われないみたいだから、立たれる時に手伝ってさしあげたら」という耳打ちをしてくれたら。または、その人が立って歩かれるときに障害になりそうなものがあったとして、「一緒にあれどけておこうか」なんて言ってくれた人がいたらどうでしょう。
そういうことがさりげなくできるといいですね。しかし、それには、それなりの失敗や学習の積み重ねがあって初めて出来ることではないでしょうか。何だって成熟するには時間がかかるのです。辛いことや嫌なことを経験することで、少しずつ相手の心や立場を想像し思いやれる力がついていくのかも知れませんよ。失敗した経験こそが生きた教科書。あきらめないで!
銭湯で(声だけで)出会ったというご婦人。なんて素晴らしい方でしょう。成熟したボランティアというのはこういうものだなと考えさせられました。お嬢さんが現れたのを見て、どこへともなく消えていくなんて。「私のどこでもいいからつかまってね」と、自分が生まれたままの姿である銭湯で、とっさに言うことができるなんて。もやもやの中にフェードアウトなんて、憎いわ!
新聞には、いろいろと悲しくなるような記事ばかり。そう悲観するのではなく、私たちはもっと自信を持っていいのですね。片言でみんなを励ましてくれた子どもたちが持って生まれた"よき心"を、損なわず守り育てていきましょう。
あ、西村さんはつい最近そんなステキな経験をされたのですね。よかった!
初めて投稿します。スタッフの殿岡です。
先日、仕事で都庁へ行った帰りに、都庁内の出版物コーナーへ立ち寄りました。教育関係の資料を探しているとき偶然見つけたのが『手に障害をもつ子どものためのリコーダー』ガイドブックでした。
私自身は脳性マヒのため肢体障害があり、特に右手はほとんど動きません。そのため小学生の頃は、リコーダーは左手だけで出る音を練習して終わり。曲を吹くことは難しい状況でした。それ以外でも音階の出る楽器は「両手を器用に使うものだ」と教えられていましたので、楽器への興味はあっても、自分には無理だろうと思っていました。
今回この本を見つけて、工夫をし発想を転換することで新たな道が開けるのだな、と関心させられました。はっとさせられた、ひとときでした。
参考 http://www.earlymusic-tokyo.com/handicap/chapter1.html
介助者の木村です。先月、東京ビッグサイトで第35回国際福祉機器展H.C.R.2008が開催され、3日間で12万人の来場者を集め、大々的に終了しました。国内外の15ヵ国1地域から、530社・団体が出店しているだけあって、各ブースをしっかり見学しようと思うと、3日間あっても足りないくらいです。
福祉用具専門相談員時代は、豊富な知識が必要とされることから、2〜3日間しっかり見学してきましたが、現場のヘルパーになって以降は、テーマを決めたり、分野をしぼったりして見学しています。といいつつも、今回は漠然と見学していたのですが、あることに気がつきました。
主催者がホームページの中で「ご留意いただきたい事項」の第一項目として次のようにお願いしています。「H.C.R.2008は、高齢者・障害者の自立と介護を支援する福祉機器の購入・利用を検討される方々が実際に見て触って情報を得ることを目的とする展示会です。高齢者・障害者の方々が安心してゆっくりと福祉機器を見学できるよう、ご来場される皆様も一緒に支えてください。」
そう、気がついたこととは、実際どこまで高齢者・障害者に向けた配慮が各ブースでされているのか、という疑問です。
国内外の作業療法士や理学療法士が、個々人に試用してもらうために移乗を手伝ったり、個別相談に応じるブース。自社の製品を使ってどんな介護を目指すか、使い方をデモンストレーションするブース。一方で、サービス職種には呼び込みをするものの、高齢者・障害者には声を掛けないブース。製品特徴しか説明できなかったり、他社製品の悪口をいう説明員がいるブースもあるんです。
今回は、例年以上に出展者の専門性や姿勢に大きな違いがあるように感じました。
ボランティアの山内です。ちょっと立ち止まって振り返ってみる機会があり、色々なことを考えさせられました。ボランティアの現場ではいろいろな経験をしましたし、いろいろな考え方を教えられました。そのことから少し書いてみたいと思います。
4年前までいた手話サークルでは、ボランティア班というところに所属していたことがあります。その頃(10年くらいも前になりますか)、「ボランティアとは・・・」という学習の中で、無償性、匿名性、公共性の3本柱が基本理念として大切だと学んだことを覚えています。
最近ではボランティアをするということが決して珍しいことではなくなりました。ちょっと前に読んだのですが、ボランティアに関してとても勉強になる本がありました。現代のエスプリ
No.436
です。テーマは「ボランタリズム」。副題には「順ぐりのお返し」とありました。その中でおもしろい言葉に出会いました。“チョコボラ”“ボラバイト”。そうか、ちょこっとでもいいから、できるときにやってみよう。交通費にお弁当でも出れば行きやすいよね、というところでしょうか。
昨今の世界の様子の変化の中で、“多様性”という言葉がキーワードのように使われます。ボランティアの世界でも同じように、その理念や方法も変化、進化が著しく、“ボランティアの多様性”という言い方が似合うようになってきたような気がします。それだけボランティアに関わる人が増え、身構えないでボランティアを自然にできるようになったといえるのでしょう。
その本の中には「ボランティアというのは動機は何であれ、いいんです。しかし、そこに相手に対する尊敬の思いが育ってこなければいけないと思います」と、阿部志郎先生が書いておられました。忘れてはいけない大切なことだと、改めて思いました。いい年になっても、時々初心に戻るのを忘れてはいけないなと思いました。
「ボランティア(Volunteer)とは、自らの自由意志で、主体的に行動する人のことをいう」とも書いてありました。
チョコボラ。いかがですか。あなたも早速ボランティアセンターに行ってみませんか。
介助者の木村です。先日、日野原重明先生の講義を聞く機会に恵まれました。その講演は、「音楽と生きること 〜音楽療法を考える〜」と題して、昭和音楽大学で行われました。
数え年にして98歳の誕生日を明後日にして、椅子に座ることなく、立ちっぱなしで、壇上の端から端までを歩きながら、そして身振り手振り全身を使ったエネルギーあふれる90分間でした。
内容的にも、会場をさりげなく笑わせるユーモア、豊富な話題の中からポイントを分かりやすく伝えようとする姿勢など、私にとってすべてが学びでした。前半は、日本の医療事情と改革の必要性について熱く語られました。後半は、音楽療法の歴史、その意義、効果などを分かりやすく、しかも感動的に語られました。
「音楽には、言葉以上のコミュニケーション効果があり、人と人を結ぶ可能性が多々ある」と話した後、「学生さんには、音楽を上手にひくというだけではなく、時には音楽を聴いていやされたり、何かの機会になるという患者さんの気持ちに寄り添ってみて欲しい」というメッセージを伝えていたことが印象的でした。
何だか「ボランティア活動」や「介助」にも同じことが言えるのではないかと、ハッと思ったひと時でした。
* この原稿は、10月2日に書いたものです。つまり、日野原先生は10月4日に98歳の誕生日を迎えておられます。おめでとうございます。
* 「日野原重明先生 ハッピー・バースデー・コンサート2008」が紹介されています。
いきいき-50代からの生きかた・暮らしかた応援サイト
http://www.e-ikiiki.net/index2.html
ご無沙汰しています。元ボランティアの黒澤です。
ようやく秋本番となりました。秋と言えば皆さんは何を想像しますか?食欲の秋・読書の秋…といろいろとありますが、私にとって“秋”は“スポーツの秋・紅葉の秋”と毎年決めています。
スポーツの秋は、最近お腹に余分な肉がますますつき始めてきてしまい、先日「歩数計」というのを買いました。今の歩数計は自分の体重・身長・歩幅などを登録すると、消費カロリー・歩行距離などが表示され、歩く楽しみが増えてしまいました。これで痩せることができればいいのですが…!?毎日1万歩を目指して歩いているのですが、一日に歩く歩数は約8000歩くらいで、1万歩のハードルはなかなか越えられないのが現状です。
次に“紅葉の秋”ですが…。先日、遅い夏休みを取って初めて東北地方に旅行(青森県の十和田湖と奥入瀬渓谷そして八甲田山)に行ってきました。紅葉の見ごろの1週間前にもかかわらず、紅葉&自然が生み出す素晴らしい景観には感動しました。みなさんも“食欲の秋”ではなく、自然と触れ合う秋を体験してみてはいかがですか?
最後に、10月25日(土)に千葉県千葉市「幕張メッセ」で『障害者ワークフェア2008』という催物が開催されます。障害者が活躍する職場の紹介・作業実演などの展示があるそうです。興味がある方は、ぜひ行ってみてください。
これから寒くなってまいります。みなさん体調管理をしっかりとって頑張っていきましょう!
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
参考
障害者ワークフェア2008
http://www.jeed.or.jp/activity/festa/festa2008.html
幕張メッセ:アクセスマップ
http://www.m-messe.co.jp/access_j.html
全国重度障害者雇用事業所協会
http://www.zenjukyo.or.jp/
障害者ワークフェア2008 PDFパンフレット
http://www.zenjukyo.or.jp/news/data/pdf/20081025_1.pdf
介助者の木村です。黒澤さん、ご無沙汰しております。そう、私にとってもこの時期は、食欲も旺盛ですが「スポーツの秋」を楽しみたいと思っています。
私は、昨年末から20年ぶりに柔道を再開し、先月無事、初段昇段審査に合格することができました。柔道は「礼に始まり礼に終わる」というように礼法を学んだり、心身ともに鍛えたりすることができます。
そういえば、中学校の新しい学習指導要領(12年度完全実施)で武道が必修化されるんですよね。この機会を通じて、多くの中学生に礼法を始めとした日本の伝統文化を学んで欲しいと思います。そして心身ともに強くなって欲しいと思います。
さて、先日「古武術介護」というものを研修で学んできました。講師は、介護の現場で活躍し、古武術の身体操法を応用した介護術を研究する岡田慎一郎先生。介護福祉士、介護支援専門員、理学療法士でもあります。
先生曰く、「今の日本人は身体全体を上手く使いこなせていないので、腕とか腰とか部分的に負荷のかかる方法と無理な体位で介護をしている。だから腰痛などが発生したり、悪化しているのは、当然の結果」ということでした。
この研修を通じて、正しい身体全体の動かし方、筋肉の使い方を再確認した訳です。先生の指導内容は、ここでは表現しきれないので、興味関心のある方は、下記を参考に是非学んでみて下さい。
参考
古武術介護入門[DVD付]岡田慎一郎著、医学書院
http://www.igaku-shoin.co.jp/bookDetail.do?book=21782
YOU TUBE kobujutsu-kaigo 古武術介護
http://jp.youtube.com/watch?v=6QJKuZk6w94
社団法人かながわ福祉サービス振興会(今回の研修主催者)
スタッフの西村です。少しご無沙汰している間に、東京は急に寒くなってきました。みなさん、風邪などひいていませんか?
さて、視覚障害をもっている私ならではの、通勤時の出来事から。毎日の慣れた道でも、トラックが止まっている音や工事をしているような音が聞こえてくると、急に不安になります。「危なくない?」「何があるの?」「通れるのかな?」・・・。
おそるおそる音のするほうに近づいていくと工事中。横に立って交通整理をしているおじちゃんが「こっちだよ」と手を持たせてくれて、いつも歩いている安全な場所まで案内してくれると、本当にホッとします。でも、半分ぐらいの人は黙って見ているか知らないふりをしている・・・。そんなときは、「何のために立ってるの?」と言いたくなります。この前は、私を見た瞬間、何の用もないのに、その場からス〜ッと離れて、意味もなく赤いカラーコーンの位置を直すふり。これを見たときは、あきれるのを通り越して、思わず笑いたくなるのをこらえるのに必死な私でした。
実はこれ、街中でティッシュ配りをしているお兄さんやお姉さんも同じなんですよ。私が歩くと道がサ〜ッと開けて、ティッシュを渡してもらえない。私だってほしいのに(笑い)。普段、道を歩くときに、周りの人がこれくらいよけてくれると助かるのに。なかなかうまくいかないものですね。ちょっとした気配りで心のポカポカ度は全然違います。暖かい気持ちでこの冬が過ごせますように。