スタッフ紹介


広告協賛募集中 全国障害学生支援センター

代表 殿岡 翼 (脳性マヒによる全身性の肢体障害 電動車いす使用) 
小学校から大学まで
 小学校と中学校は地域の公立校に、高校は県立高校に通いました。私立高校は障害を理由に不合格とされました。大学は受験を拒否される心配があったので、障害があることを隠して受験したため、何の配慮もありませんでした。
 大学に入ると、授業での筆記(ノートテイク)が追いつかず、友人のノートをコピーしたり、ノートをとらずに授業を受けることもありました。また、筆記量の多い試験では、回答が間に合わなくてレポートで代用した科目もありました。専攻は経済でしたが、教職のゼミにも入り、高校公民の教員免許を取りました。
 また、大学に行ったことで、興味のある科目などに積極的に取り組むことができ、関心を持つ分野を深めていくよい機会となりました。恩師や友人たちにも恵まれ、自分の思い描いてきたことを形にするよい時間をもつことができました。
 また、大学2年生の12月に「これからは障害当事者として活動していこう」と決心し、情報誌(後のセンター機関誌)の発行を始めました。「すべての人が差別されることなく、学びたいことを学びたいときに学べる社会を作ろう」という自らの夢(理想)に向かって人生を歩いていくという道を選びました。

プロフィールとセンターでの活動
 1972年生まれ。立正大学経済学部卒業。1997年「わかこま自立生活情報室」のスタッフとして『大学案内障害者版』の発行に携わる。2年後の1999年、仲間とともに全国障害学生支援センターを設立。センターでは、大学調査の実施・データベース開発、相談などを担当。また、加盟しているDPI(障害者インターナショナル)日本会議の、『雑誌DPI』編集委員・DPI東京行動委員会の事務局長として、当事者団体と連携した活動をしている。主な著作『学生生活を通して見えてきたもの 〜大学へ、そして若者たちへ〜』。

事務局長 西村伸子 (視覚障害 音声と文字拡大のパソコンを使用)
小学校から大学まで
 小学校と中学校は地域の公立校に通いました。高校は県立高校に行きたかったのですが、障害を理由に受験を断られました。そして受け入れてくれた唯一の私立高に入学。大学は高校の指定校推薦で受験しました。
 小学校から大学までを通して、自分が希望する学校に受け入れてもらえるかどうかや試験での配慮、拡大教科書やプリント作りなど、いつもゼロからのスタート。すべて親や自分が何とかしなくてはいけませんでした。大学では、障害学生の受け入れ経験があったためか話し合いがスムーズに進みました。試験では拡大コピーや時間延長、別室受験があったほか、拡大読書器の購入や教科書コピー代の補助もありました。友人や大学教職員の協力も得ながら、大学進学と同時に一人暮らしを始め、今はヘルパーさんも利用しています。大学に行ったことで、自分の世界が広がり、たくさんの人と接する機会も増えました。ここで得た人間関係は、今も私の大切な宝物です。
 社会福祉士の国家試験を受けるときや就職活動では、必要な配慮を得るために悪戦苦闘しました。「これから社会に出る多くの障害をもった人たちが、十分に実力を発揮でき、その実力を社会が必要とし、受け入れるようになっていかなければいけない」と、強く感じています。

プロフィールとセンターでの活動
 1975年生まれ。明治学院大学 社会学部社会福祉学科卒業。社会福祉士。1997年「わかこま自立生活情報室」でボランティアとして活動に参加。1999年のセンター設立当初から、大学への調査と相談、機関誌の作成や学生交流会などを担当。主な著作『調査と体験文からみた障害学生の現状とニーズ』『みんなの思いが明日をひらく 障害学生からのメッセージ』。


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