先輩からのメッセージ 様々なことに挑戦して

森敦史(もりあつし)
プロフィール:2017年にルーテル学院大学卒業、2020年に筑波技術大学大学院を修了、現在は筑波技術大学大学戦略課総務係事務補佐員及び障害者高等教育研究支援センター技術補佐員として勤務
障害:盲ろう

写真:森敦史さん

123号 2024年8月10日発行 より


はじめに

 私は先天性盲ろう者として、日本で初めて、一般の大学に入学しました。大学を卒業してから、聴覚障害者と視覚障害者のための大学である筑波技術大学の大学院に進学し、盲ろう者のコミュニケーションと情報保障に関する研究をしました。大学院修了後現在は、盲ろう者に関する研究や支援活動と並行して、同大の事務補佐員として、週に3日勤務しています。

大学院進学を決めた経緯

 大学を卒業する際、どの道に進むか悩みました。障害者の進路に詳しい母校(盲学校)の教員、社会福祉士の資格を持つ知人、他の盲ろう者の支援をしている方など、様々な方に相談しました。当初は、就職する方法も考えましたが、彼らに相談しているうちに、自分が納得する道が見つかるまでに時間がかかると感じるようになりました。
 そうした中、ある人から大学院という選択肢があることを教えていただきました。自分は国家資格である社会福祉士の取得を目指していましたが、実習先での盲ろう者の受け入れが難しいこと、国家試験の受験に必要な専門知識を理解するのに時間を要することなど、国家試験の受験に至るまでにもたくさんの課題がありました。大学院の存在を知ったことで、国家資格の取得を目指すことよりも、必要な知識を得ながらある程度自分の力を発揮できる研究をすることの方が、自分には向いているということに気がつきました。
 そこで、自分が進むべき道を見つけるべく、大学院への進学に挑戦することにしました。
 大学進学時に、障害を理由に受け入れていただける大学がほとんどなかったことから、大学院選びに際しては、盲ろう者に理解があるまたは研究に興味がある教員がいること、福祉や障害者と関連性がある学部等があることを前提に、情報を集めました。インターネットで調べたところ、筑波技術大学に大学院があることを知りました。特に、技術科学研究科情報アクセシビリティ専攻は、自分がやってみたかった盲ろう者のコミュニケーションや情報保障に関する研究とつながるような内容であり、大変興味を持ちました。また、筑波技術大学は聴覚障害者や視覚障害者のための大学であり、情報保障が充実していることに加え、過去に同大の教員と関わりがあり、盲ろう者についても理解してくださっていることも受験の決め手となりました。実際、同大には盲ろう者の支援に関する研究のレポートも複数あり、盲ろう者に関する研究の経験がある教員にご指導いただきながら、研究をするには適した環境であろうということも、同大に進学した理由です。
 大学院進学を目指すに当たり、大学としては必須ではなかったものの、卒業論文の執筆に挑戦し、その中で自分がやってみたい研究の方針をある程度決めました。また、大学院の教員に入学を希望する旨を相談し、入学試験では、卒業論文の研究成果と大学院でやってみたい研究の概要をプレゼンテーションしました。その成果もあってか、無事に合格することができました。

大学院での生活

 入学に際しては、キャンパス内での寮生活を前提に、視覚障害学生が在籍する春日キャンパスと聴覚障害学生が在籍する天久保キャンパスを見学しました。コミュニケーションや移動のしやすさなど、生活環境を踏まえて検討した結果、天久保キャンパスで生活することにしました。私は文章の読み書きには、点字を使用していて、指点字(※1)もできますが、普段は触手話(※2)を使用しています。そのため、手話通訳など、聴覚障害者向けの情報保障が充実していて、手話ができる学生や教員が多くいる天久保キャンパスを選択しました。
 天久保キャンパスで生活することが決まってから、キャンパス内を一人で移動できるよう、主要個所に点字ブロックを増設していただきました。また、授業には触手話通訳者を配置していただく、事前に盲ろう者の支援について教員や学生に周知するなど、大学側にも準備をしていただきました。
 入学後も、指導教員や授業担当教員と相談を重ねながら、自分に合った支援体制などを構築していただきました。授業では、触手話通訳だけでなく、大学時代には経験したことのない新しい取り組みとして、遠隔文字通訳システムを活用しました。これは、聴覚障害者向けに開発された情報保障システムになっていますが、パソコンの画面に表示される普通文字(墨字)をパソコンに接続された点字ディスプレイに出力することで、点字で読むことができるよう、同大の教員にシステムの改良をしていただきました。
 授業以外でも、点字ディスプレイとパソコンを活用して、論文の作成や文献調査ができるよう、必要な機器を準備していただきました。また、論文のレイアウトや点字では読めない参考文献のテキストデータへの変換などの支援を受けられるよう、支援者を雇用していただいたおかげで、やりがいのある研究生活を送ることができました。
 また、一人で食堂に行って店員さんにメニューを聞いて持ち帰り用のお弁当を購入できるよう、教員とコミュニケーションボード(※3)を作成して訓練を重ねたり、駅までの送迎や買い物・運動などの生活にかかわる支援ボランティアを募集したりするなど、生活上の工夫をしていました。
 盲ろう学生の前例が少ない中で、大学時代の経験や反省を踏まえて、教員らと打ち合わせを重ねた結果、こうした支援体制を構築できたことは、自分にとっても、研究としてだけでなく、就労や今後の生活に役立つ結果になりました。
 大学院では、情報保障のあり方などを学びながら、盲ろう者におけるICTの活用によるコミュニケーションの可能性について研究をしました。その意味でも、同大では授業で知識を習得するだけでなく、様々な経験をすることもできました。
 たとえば、大学まで実現できなかった海外研修に参加することができました。アメリカでは、聴覚障害者のための大学であるギャローデット大学を訪問し、アメリカにおける聴覚障害者や盲ろう者の情報保障や支援のあり方について学びました。特に現地の聴覚障害学生との交流では、初対面にもかかわらず、学生が積極的にランチに誘ってくださり、自ら食堂まで手引きして、メニューを説明してくださったことは、私にとって印象に残る出来事でした。限られた範囲の中での経験でしたが、日本では手話ができても、盲ろう者とどのように接したらいいかわからずに、私の前で途方に暮れる人が多くいることと比べると、学内でも街中でも積極的に声をかけてくださる方が多かったように感じています。なぜ、そのようなことができるのだろうと考えるよい機会でもありました。
 修士論文では、大学院で得た知識や経験、さらにはこれまでに経験したことや学んだ知識を踏まえて、盲ろう者のコミュニケーションに必要なこととは何かを中心に分析をし、お正月だけは休みたいと思いながら、夜遅くまで執筆をしていたことを覚えています。今回ICTという単語にこだわったことには、理由があります。盲ろう者はコミュニケーションできる方法が手話や点字(指点字を含む)などに限られるため、健常者と比較して得られる情報が限られます。そうした中で、インターネットとそれに対応した点字ディスプレイなどの支援機器が普及したことで、これまで得にくかった情報も得られやすくなりました。たとえば、これまで街中を歩いている人たちの会話や街中にあふれている広告などを見聞きすることができなかったものが、SNSの普及によってそれらの情報を得られるようになったことは、盲ろう者である自分にとっては大きな変化であると感じています。そうしたことを自分のためだけでなく、これから盲ろう児・者とかかわる支援者や指導者に伝えたいという思いから、当事者視点での研究をしました。

写真:技大学生(当時)がデザインしたエンブレム。
技大学生(当時)がデザインしたエンブレム。みるカフェに合わせて制作された触ってわかるモニュメントと一緒に写っている写真(実際に触った後に撮影。撮影場所はみるカフェではなく都庁のイベント)

就職と現在

 以上のような経験を経て、当事者として、盲ろう者の教育や就労に関する研究活動や盲ろう者友の会運営などの支援活動に携わるだけでなく、盲ろう者の就労の可能性を広げるべく一般就労をしたいという希望を持っていました。
 また、大学院に入学した当初は、盲ろう学生支援に関する前例がわずかであり、授業の情報保障や研究生活での支援、その他生活にかかわる支援については、すべて試行錯誤の状態でした。そうした状況の中で私は、指導教員や授業担当教員との相談を重ねながら様々な支援を受け、今までにはないくらい充実した学生生活を送ってきました。その経験から後進の障害者が学びやすい・働きやすい環境を作っていきたいと思い、担当の教員らに同大への就職ができないかと相談を持ちかけました。
 大学としても私の意向を受け止めてくださり、教員や学長らとのミーティングを経て、週に3日同大の事務補佐員として就職しました。現在は、大学戦略課総務係という部署名になっていますが、主に広報を担当しています。また、週に1日技術補佐員として、盲ろう者の支援や教育に関する研究もしており、現在は主に博物館等の文化施設における触察によるアクセシビリティについて研究をしています。
 残りの曜日は盲ろう者について理解を深めていただくために、他の大学や障害者団体に出向いて、講演活動をしています。また、東京盲ろう者友の会の副理事として、友の会の運営にも携わっています。
 事務補佐員としての勤務では、盲ろう者における一般就労の事例が非常に少ない上、いわゆる職業訓練を受けた経験がほとんどないために、これまでに経験したことのないような壁にぶつかることがたくさんありました。それでも、大学院までに学んだ知識や経験を踏まえて、自分に合った情報保障の内容や必要なサポートをわかりやすく伝えることを心掛けています。
 たとえば、点字ディスプレイや必要なソフトウェアを準備していただき、パソコンでの業務を行えるようにするだけでなく、パソコン文字通訳やチャット等を活用して、上司や同僚とコミュニケーションを取っています。
 また、支援をお願いしたいことをまとめた書類を作成し配布することで、周囲に自分の障害を理解してもらいながらできることを増やしています。

写真:触察用に用意されたオブジェクトに触って意見を述べている様子の写真
触察用に用意されたオブジェクトに触って意見を述べている様子の写真

先輩からのメッセージ

 最初から大学院を目指す方もたくさんいると思いますが、私のように大学在籍中に、自分が進む道を探しているうちに、大学院に進むことを考え始める方もいると思います。また、一度社会に出てから、大学院に入学する方もたくさんいらっしゃいます。
 進路をどうしようかと悩んでいる方はもちろんのこと、今の勉強とは違うことをやってみたいという方。大学院という選択肢もあるかもしれませんし、今からでも遅くないので、ぜひ大学院進学も検討してみてください。また、まじめに大学院進学に挑戦しようとしている方もあきらめずに頑張ってください。
 大学院に合格すれば、修士論文の執筆は大変だと思いますが、その分友達と関係を深められるので、きっと人生で一番楽しい時間が待っていると思います。私も研究の合間に同級生や先輩・後輩とふらっと飲みに出かけたり、バーベキューをしたりしました。  そして、大学院進学に限らず、就職する方も他の道に進む方も、遠慮せずに自分のことを周囲の人々に伝えてください。