~藤井 怜さんインタビュー ~
話し手 藤井 怜(ふじい れい) 肢体障害 2020年3月岩手大学地域政策課程卒業 2022年3月岩手大学大学院総合科学研究科修了(専攻・社会法)
聞き手 殿岡 栄子
今回は、岩手大学および岩手大学大学院で学んだ藤井怜さんに、進学への経緯や大学での生活についてお話を伺いました。高校1年生の夏に病気をきっかけに車いすでの生活を送ることになった藤井さん。進路に悩んだ時期を経て大学へ進学し、多くの出会いや経験を重ねてきました。大学で受けた支援や友人との出会い、そして後輩へのメッセージについてお聞きしました。
藤井さんは、高校1年生の夏まで障害のない生活を送っていました。中学校ではテニスに打ち込み、友人たちと元気に過ごしていたそうです。しかし高校1年生の夏に病気を発症し、入院しながら車いすで高校に通う生活が始まりました。
「車いすで初めて登校した時はやっぱり緊張しました。みんなもびっくりしていたし、自分もびっくりでした」
そんな中で支えになったのが友人たちでした。友人たちは自然に車いすを押したり、机の移動を手伝ったりしてくれたといいます。
「最初は先生方が当番制で手伝うことも考えていたみたいなんですけど、友達がやってくれていたので、そのまま自然な形になりました。本当に友達に助けられました」
学校は比較的新しい校舎で、エレベーターや多目的トイレも整備されており、校内の移動にはあまり困らなかったそうです。一方で、自宅は一般的なアパートでした。
「玄関にも段差がありましたし、自分の部屋に行くにも階段がありました。父がおんぶしてくれたり、母が一段ずつ体を支えてくれたりして、もう本当に物理で何とかしていました」
今振り返ると大変な生活だったものの、「慣れてしまうとそれが当たり前になっていった」と藤井さんは笑います。
高校時代の藤井さんは、進路について最初からはっきりとした目標を持っていたわけではありませんでした。病気になる前は船舶や宇宙に興味があり、そうした分野を学べたらいいなあ、と思っていたそうです。しかし、車いすでの生活になり、入院中には医療関係の仕事にも関心を持つようになりました。ところが高校の先生から「車いすでは医療関係の仕事は難しい」と言われ、一度は将来の方向性を見失ってしまいます。
「当時は勉強にもあまり自信がなく、国公立大学に進学できるとは思っていませんでした。家族からは進学するなら国公立と言われていたものの、自分には無理だろうと考え、高校2年生頃までは先が見えないまま過ごしていました。もちろん、車いすだからといって医療分野の進学や仕事が難しいというのは当時の私や周囲の人のご認識です。ですから、医療の分野を目指している人は諦めないでください」
そんな藤井さんの転機となったのが、学年主任の先生との出会いでした。先生は藤井さんのプレゼンテーション力や文章を書く力、社会問題への関心に注目し、岩手大学のAO入試(現在の総合型選抜)を勧めました。評定平均では推薦入試が難しかったため、藤井さんの得意なことを生かせる入試方式を探してくれたのです。当時の藤井さん自身は、正直なところ受かるとは思っていなかったそうです。しかし先生はとても熱心で、昼休みに教室から姿を消していると探し出して試験対策に連れていくほどでした。また受験にあたっては、大学へ事前相談を行い、必要な配慮について確認してくれたそうです。
「あまりにも先生が必死だったため、自分も頑張ろうと思うようになりました。環境問題に関する本を読んだり、志望理由書の準備をしたり、オープンキャンパスに参加したりと、本格的に受験対策に取り組むようになりました。受験は岩手大学一本でした。総合型選抜に挑戦した結果、予想よりも早い時期に合格が決まりました。」
高校2年生頃までは将来が見えず悩んでいた藤井さんにとって、その合格は大きな出来事だったそうです。クラスでも早い時期に進路が決まり、一気に肩の力が抜けたような気持ちになったと話してくださいました。背中に羽が生えたように軽かったという表現が、とても印象的でした。
現在もその先生とは年賀状のやり取りが続いているそうです。藤井さんは、大学進学の道を開いてくれた恩師への感謝の気持ちを今も大切にされています。
藤井さんにとって、大学進学は進路を決めるだけでなく、障害学生への支援や福祉制度を知る大きなきっかけにもなりました。高校時代は、自宅と学校、病院を行き来する生活が中心でした。電車や新幹線に乗る方法、車いすで利用できる支援制度についても、ほとんど知らなかったといいます。
「今振り返ると、大学進学したことが、障害と向き合い、必要な制度や支援を知る第一歩になったんだと感じますね。」
合格が決まった後、藤井さんのもとに岩手大学の障害学生支援を担当する部署である「学生特別支援室」から電話がかかってきました。入学前に一度相談をしましょうという連絡だったそうです。
そこでお母様と一緒に大学を訪れ、コーディネーターとの面談が行われました。
「通学や学内での移動方法などについて一つひとつ確認がありました。例えば大学のどこに多目的トイレがあるか、体調が悪くなった時に休める場所は必要かといったことまで丁寧に聞いてくださいました。神経痛があるため、休養できる場所について相談すると保健管理センターや休憩場所なども案内してもらいました。」
こうした面談を通して初めて、自分のことをこんなに細かく確認してもらえるのかと感じたといいます。大学側から丁寧に声をかけてもらい、必要なことを一つずつ整理してもらったことで、入学後の生活を具体的にイメージできるようになり、障害があっても相談しながら学ぶ環境を整えていけることを知ったそうです。
「高校では体育の授業は見学が中心で、合理的配慮という言葉も知りませんでした。大学に進学して初めて、これもお願いできるのか、それも相談してよいのかという発見がたくさんありました。」
藤井さんにとって、この面談は障害学生支援との最初の出会いになりました。進学準備を通して社会とのつながりが広がり、自分の世界が大きく開けていったことが伝わってきました。
入学後も、障害学生支援を担当するコーディネーターとの関わりは続きました。
特に印象的だったのは、授業が始まる前から丁寧な相談の機会が設けられていたことだったそうです。履修登録の時期になると、どの授業を受けるのかを一緒に確認しながら、教室への移動や実習の有無などについて事前に検討していきました。
例えば、車いすで利用しにくい教室が割り当てられている場合には、教室変更ができないかをコーディネーターが確認してくれました。また、実習を伴う授業については、事前に担当教員と調整を行うなど、授業が始まる前から準備を進めてくれていたそうです。
しかし、大学生活では事前に想定できないことも少なくありません。実際に授業が始まってから、座る場所によっては黒板が見えにくかったり、急に学外実習が入ったり、車いすで利用できるか分からない場所へ行く必要が出てきたりすることもありました。そんな時には、その都度コーディネーターに相談しながら対応を考えていったといいます。
また、大学の支援について「困らないようにしてくれたというよりも、困った時に相談できる環境があったことが大きかった」と振り返ります。「学生特別支援室は決して人員に余裕がある部署ではなく、身体障害や精神障害など様々な学生への対応に追われていました。それでも、忙しい中で時間を作り、一人ひとりの話を丁寧に聞いてくれていました。」
また、マニュアル通りの対応ではなく、その場その場でできる方法を一緒に考えてくれる柔軟さも印象に残っているといいます。
「実習によってはコーディネーターが同行して支援してくれたこともありました。決められた配慮を提供するだけではなく、目の前で起きている困りごとに対して一緒に向き合ってくれたことが、大きな安心感につながっていました。」
藤井さんは、コーディネーターのおかげで卒業できたようなものだと話します。忙しい中でも誠実に対応し、必要な時には先生方との調整役にもなりながら支えてくれた存在は、大学生活を送るうえで大きな支えになっていたようです。
大学生活の中で、藤井さんの世界を大きく広げたのは友人や先生たちとの出会いでした。
サークルや学部の仲間ができ、一緒に授業を受けたり出かけたりする機会が増えていきました。車いすを押してもらいながらふざけ合うこともあり、特別扱いではなく自然な関係の中で大学生活を楽しんでいたそうです。手伝ってもらった時には必ずお礼を伝えることを心掛けながらも、周囲の友人たちは気負うことなく接してくれていました。
中でも、大きな転機になったのが大学1年生の時の東京への遠征でした。
大学1年生の時にサークルで、初めて東京の遠征で旅行に行ったんですね。親には大反対されたけど、みんな手伝っていってくれたんです。」
その経験が大きな発見につながりました。
「それまで車いすって旅行できないもんだと思ってたので、本当に。新幹線に乗れるとか、電車に乗れるとか、駅員さんが手伝ってくれるとか、そんなの全く知らなかったんです。」
この東京への遠征をきっかけに、自分でも移動方法や宿泊先を調べるようになり、行動範囲は大きく広がっていきます。研究活動や学会参加のため、岩手から小樽、仙台、東京、神戸、広島など、全国各地に足を運びました。人生で初めて飛行機に乗ったのも大学時代だったそうです。ゼミの先生方も移動手段や宿泊先について一緒に考え、安心して参加できるよう配慮してくれたそうです。
藤井さんは大学時代を振り返り、車いすでもこんなにいろいろな場所へ行き、多くの経験ができるとは思っていなかったと話します。大学で得たのは知識や学位だけではなく、自分の可能性を広げる数多くの経験だったようです。
大学生活を振り返っていただくと、藤井さんは「ありすぎて一つには絞れない」と笑います。それほど大学時代には多くの出会いや経験があったそうです。
学部時代は環境分野の研究室と労働法のゼミに所属しました。どちらの先生も車いすでの生活に配慮しながら指導してくださり、神経痛で体調が悪い時には無理をせず休むよう声をかけてくれたり、日程の調整をしてくれたりしたそうです。研究発表や合同ゼミに参加する際には、移動手段や宿泊先についても一緒に考えてくれました。
藤井さんは、困ることがまったくなかったわけではないと話します。大学生活の中では、教室の設備や実習、移動など様々な場面で課題にぶつかることもありました。しかし、そのたびに先生や友人、コーディネーターと一緒に解決方法を考えながら乗り越えてきました。だからこそ、困りごとがあってもそこで終わりではなく、どうすればできるかを一緒に考える経験そのものが大切だったといいます。
大学・大学院を通して、合同ゼミや学会発表、研究会への参加など、教室の外で学ぶ機会も多くありました。例えば神戸での合同ゼミでは、発表が終わった後にみんなで中華街へ出かけたり、懇親会で語り合ったりと、学生だからこそできる経験もたくさんあったそうです。大学院時代には、新型コロナウイルス感染症の影響があったものの、少人数での授業や研究活動を通じて充実した時間を過ごしました。さらに、研究会への参加を通して沖縄や広島などにも足を運びました。藤井さんは思わず「留年したいくらい楽しかった」と話しています。
振り返ると、大学で得たものは知識だけではありませんでした。研究する力、論理的に考える力、人とのつながり、行動力、そして経験。車いすでもこんなにたくさんのことができるのだと実感できたことが、何より大きな財産になったそうです。藤井さんにとって大学生活は、学ぶ場であると同時に、自分の世界を大きく広げてくれたかけがえのない時間だったようです。
最後に、これから大学進学を目指す人へのメッセージを伺いました。
藤井さんは、まず大学進学を前向きに検討してほしいと話します。
「やっぱりまずは大学進学を考えている人がいたら、ぜひ前向きに検討してほしい」
その理由として、大学で得られる経験の大きさを挙げます。
「本当に世界が広がるので、自分の生活圏もすごく広がるし、学業というところでもいろんな発見や学びがあります。大学って、自分から学びに行けば何でも学べるところなので、行動力さえあればガンガンいろんなことを吸収できるし、いろんな機会があります」
大学生活の魅力は勉強だけではありません。
「先生とか先輩とか後輩とか、いろんな人と話せるので、それだけでも楽しい。勉強だとか旅行だとか、普段の遊びだとか、大学生のうちじゃないとできないこともたくさんあります」と語ります。
また、就職活動を経験した立場から、障害学生を受け入れようとする企業や、合理的配慮を整えようとする企業は少しずつ増えてきていると感じているそうです。
「まだまだな部分もありますけど、そういう学生を採ろうとか、配慮しようという動きは少しずつ広がっていると思います。大学を卒業しているからこそ受けられる企業もたくさんあります」
そして最後に「ちょっとでも悩んでいる人は、大学進学をぜひ検討してみてほしい。大学進学は将来の自分を高めることにもつながると思うので、前向きに考えてほしいなと思います。誰に相談していいかわからない、相談できる人がいないという人も、全国障害学生支援センターをはじめ、全国には相談できる場所や人がいます。諦めず、勇気ある一歩を踏み出してほしいです」とメッセージを送ってくださいました。